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小児科医療 & 趣味はコンピュータいじりです

ノロウィルスの迅速検査は必要か(いや必要ではない)

反語タイトルばかりですが。

流行していますね、ノロウィルス感染症。今年は変異したノロウィルス(GII-P17.GII-17)の流行ということで、予め大規模な流行を予測して病院内に警告を発しておりました。今のところ、当院の地域では例年通りの患者数と思われますが、職員にも何名か発症者がおられてそちらも心配です。

さて、嘔吐下痢の患者さんがいらっしゃったとき、ノロウィルスの感染症かどうかを簡便にしらべる方法として、便を検体としてのノロウィルス迅速検査というものがあります。変異ウィルスにも対応した検査キットも、一応導入しましたよ。
ちなみに、保険適用は3歳未満および65歳以上ですので、対象外の方は実費負担請求となります。
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「そもそも迅速検査してノロウィルスだとわかる必要があるのか?」という話題が、毎年あがります。

毎年あがるのですが、これは「議論がある」とか「両論がある」とかいう話ではなくて、現時点での検査キットの性能と、簡単な計算と理屈がわかれば、これはもう「必要ない」で確定です。この結論は揺るがないと思います。なのになぜか、患者さんから求められることしばしば、医者側もあまり考えないで検査することしばしば、という状況なんですよね。どうにかならないのでしょうか。

なぜ検査が必要ないと言えるか

嘔吐下痢症の原因となるウィルスには、主に秋冬のノロウィルス、冬春乳児のロタウィルス、その他のウィルス(アデノウィルス、サポウィルス、アストロウィルスとか)があります。
この中で多いのはノロウィルスとロタウィルスで、とくに流行期には、ほぼこのどちらかと言って良いでしょう。
これら2つは流行期が異なりますから、季節と現在の流行状況がわかれば、このウィルスだろうというある程度の推測が可能、ということですね。

ウィルス性胃腸炎の原因ウィルスはノロとロタが多い
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ノロとロタの流行ピークは季節が異なる
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出典:広島市 - 感染症トピックス/ノロウイルスによる感染性胃腸炎

事前に予測がほぼ付いているのに、それをあえて検査して確定する必要があるか?

たとえば、原因ウィルスによって対応が大きく異なるなら、精度よく鑑別する必要が出てくるかもしれません。

対応の一つは治療です。これは、ウィルスによって違いがありません。基本的に無治療で、可能な範囲で経口補水に努め、脱水の兆候がみられたら点滴をするということです。

もう一つは、周囲の人間への感染対策です。ノロウィルスとロタウィルス、どちらもアルコールが無効、あるいは十分な効果が期待できないということで、原則的には消毒に次亜塩素酸を用います。家庭で言うとハイターとかカビキラーとかです。
嘔吐下痢への対応・対策は、原因ウィルスによって変わりません。

細菌性腸炎のことも考える必要があるでしょうか?いえ、その必要はほとんど無いでしょう。
なぜなら、ウィルス性腸炎の症状は普通、強い嘔吐から始まって1日程度で下痢に移行するのに対し、細菌性腸炎は腹痛と下痢、ときに血便が中心で、嘔吐はそれほど強くない、という違いがあるからです。また、細菌性腸炎だからといって抗菌薬が必須かというと、そうでもなくて、通常最初から抗菌薬を投与することは推奨されません。ただ、多くの細菌性腸炎はヒトヒト感染をしませんので、そういう意味では確定できるとありがたい、というのはあるでしょう。

というわけで、治療の面、感染対策の面からは、鑑別する必要性は薄いと言えます。

迅速検査キットの陰性は信用できない

迅速検査キットの感度は100%ではありません。感度というのは、「ほんとにノロウィルスがいたとして、そのうち何%で検査陽性になるか」という数字です。検査したら100%みつかる、というものではないのですね。

添付文書の公称値によれば、PCR検査を基準とした場合の感度は90%前後ですが、実際に検査してみて評価した文献をみますと、およそ50%くらいです。ここ数年で感度が改善しているとしても、高めに見積もって感度70%くらいでしょう。検査してもそれくらいしか見つからないんですね。

一方、特異度(ほんとにノロウィルスがいなかったとして、それを間違えずに検査陰性にする率)も100%では無いのですが、おそらくこちらは高いので、簡単のために100%だとしてしまいましょう。

さて、今は流行期です。嘔吐下痢症の患者さんが100人いたとして、そのうち80人くらいはノロウィルスの感染症でしょう。このノロウィルスを迅速検査キットで検出することに意味があるかどうか、考えてみます。よくある4分図で、感度70%、特異度100%の仮定です。

検査が陽性 検査が陰性
ほんとにノロウィルスの人 80人 56人 24人
ノロウィルスじゃない人 20人 0人 20人
合計 56人 合計 44人

こんな結果になります。検査が陰性だった人の列を見てみましょう。ぜんぶで44人の人が検査陰性になっていますが、そのうち半分以上の24人は、実はノロウィルスの感染者です。

このように、一般的な話として、「その病気が多い、流行していると思われる時期に」、「感度がそれほど高くない検査を行うと」、検査が陰性だった人の中でも相当の割合の人が実は感染者である、という状態になってしまうのです。これは、インフルエンザの診断でも問題になることです。

こうしてみますと、検査が陰性だったからといって対応を変えることが如何に意味のないことか、お分かりいただけるでしょう。

検査することのデメリット

例えば、「ノロウィルスの迅速検査が陰性だったら登校してよい/会社に来てよい」といわれて病院に来る方が多数おられるのです。ほんとは感染者なのに検査が陰性になってしまうことが多分にあるにもかかわらず。

中には、病院にいってノロウィルスの検査をしてもらってきてください、とか、ノロウィルスの検査が陰性だったという診断書をもらってきてください、とか、会社や学校から言われてこられるかたもいらっしゃいます。

嘔吐があったけど、検査したらノロ陰性だったから出勤した、登校した、なんて患者さんが周囲にウィルスを振りまいて、流行規模を大きくします。例えば、食品を取り扱う仕事をされている方だったら、こんな対応で良いでしょうか?同僚だったら、お子様の同級生だったら?やっぱり嫌ですよね。

これが、検査をすることのデメリットです。検査が陰性であると、ノロウィルスではないと誤解し、安心してしまうんですね。これは二重に間違っていて、実はノロウィルスである可能性がかなりあること、そして、ノロウィルスでないほかのウィルスであったとしても、消毒を含め厳重な対応を要求されることに変わりはないのです。

嘔吐下痢症の場合は、検査結果が陽性だったからどうこうする、というのではなく、全てノロウィルス/ロタウィルスのどちらかであろうという前提で対応すべきで、検査結果に大きな意味はありません。症状があったら全て、学校仕事はおやすみ、家族全員手をよく洗い、トイレのドアノブやレバーを清拭し、吐物は次亜塩素酸で消毒しましょう。

患者さんの立場、医師の立場として

人間は不安定な状態に置かれることを嫌うようですので、患者さんの立場として○○ウィルスの感染の結果こうなっている、と確定すると心の安定が得られる、という点については同意します。しかし、そのために検査をすることはデメリットのほうが大きいのだ、ということをこれまで述べてきました。

医師の立場からすると、まず、患者さんに対して何かしてあげることができる、やることがある、というのは抗いがたい誘惑です。

加えて、一般的な病院の外来診療においては、(保険適用がなされれば)検査しただけ保険料が支払われます。保険料は元をたどれば国庫のお金で、その元は税金です。ま、元手が何であろうが、要するに儲かる、検査したほうが。私のようなしがない勤務医の給料には病院の儲けは反映されませんが、上からの収入をアップせよという圧力というものはあるわけで・・・。

必要な検査はする、必要な検査はしないという態度で臨みたいところですが、そこに患者さん側、会社や学校からの「検査して欲しい」という要求が入るのは、どうも解せません。できるだけフラットなピュアな状態で、検査の是非を判断させて欲しいと願っております。

どういう場合なら迅速検査に意味があるか

  • ひとつは、病態について少しでも情報がほしい時。痙攣や脳症が疑われる状況とか。
  • ひとつは、入院患者で群発した場合。全体的な対応方針を決めるにあたって必要。

くらいでしょうか?あんまり無いんですよね。

まとめ

  • 嘔吐下痢症の原因はノロウィルスかロタウィルスが多い
  • 症状と季節と流行状況から推測可能であり、この推測が間違っていても大きな問題にはならない
  • 迅速検査キットの性能はそれほど高くない。陰性と診断されても実はウィルスがいる人も多い。
  • 迅速検査をして、真実とは異なる陰性と結果が出ることにはデメリットが大きい


この度は以上であります。

2015/12/24の追記

この記事書いたまま公開してなかったのですが、本日も、とある内科医師が「ノロウィルスの迅速検査って、こっちが胃腸炎だと思ってても全然陽性にならねーじゃん、どうなってるんだ!?」と検査技師に怒ってたらしいです。実臨床では参考にすべきではないと、何度も院内メールで回したんですが、読んでないんだよね。こういうこと考えて診療してる医者ばっかりじゃないってことです。