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小児科医療 & 趣味はコンピュータいじりです

おいしいペニシリン系抗菌薬を求めて

AMPC(アモキシシリン)の製剤は、全ての細菌性気道感染症に処方される基本の内服薬。ペニシリン系。

時代が進み、さらに色々な細菌に効果のあるセフェム系の内服薬が現れた。色々な細菌に効くので、よく売れた。

小児への処方は、味も重要なファクターである。セフェム系の粉薬は味も良かったので、小児科の世界も席巻した。

 

しかし、さらに時代が進むと、じつは、健康なヒトの気道感染症の治療であれば大部分は治療不要であること、治療するとしてもAMPCで十分であること、がわかってきた。

そして、セフェムのように色々な菌に作用する薬は、薬の効かない菌を生み出すことにつながり、よくないと言われるようになった。

 

なので、現在の医師は、AMPCを使うか、セフェムを使うか、または他の系統の内服薬を用いるか、患者さんの症状と背景をみて色々と考えて使い分けている。使い分けるといっても、実際の所、ほんとうに考えて処方しようとすると、気道感染症にセフェムを選択することは殆ど無い。自分も、この小児の「細菌性気道感染症」に対しては、セフェム系を処方することはゼロである。

 

ただ、なーんも考えていない医者にとってセフェム系は、なーんも考えていなくてもなんとなーく色々と効く、または効かなくてもべつによかったりするので、使いやすいのは確かである。

世の小児科医らにとっても使いやすい薬であり、現在も頻用されている。しかしそれは、小児科医がなーんも考えていないからではなくて、味の良い製剤が多いのと、内服する総量が少なくて済むからである。

「治療要らないです」というと不服そうな顔をされることがあるし、まずーい薬だと嫌がられるし。相手は子供なので、まず「美味しい」「ちゃんと内服してくれる」というのは、大きなファクターなのである。

 

このような事情で、自分としては「味の良いAMPC(ペニシリン系抗菌薬)製剤」「内服量が少なくて済むAMPC製剤」が欲しかった。そういうの作らないのかと、製薬会社のMRに会う度に投げかけてきた。同じ意見の小児科医、世の中に多いと思う。

 

が、彼らは作れない。少なくとも日本の会社はそれを売れない。それも分かる。

 

なぜなら、いかに美味しく、内服量が少なくて済む製剤ができたとしても、その本質がAMPCであるかぎり、薬価としてはこれまでと同様の非常に安い値段でしか売れないからである。「薬そのもの」に付加価値がないと、味がよいというだけでは高い値段がつけられないのである。こちらとしては、ちょっとくらい高くてもいいからそういう薬が欲しい、ぜったいに世の中のためになると思うのに…矛盾している。

 

AMPCは10%の製剤が多いが、20%のものもあるので、当院ではそれを採用して、できるだけ子供たちに内服してもらえるように祈っている。が、それでもセフェム系を処方した場合の飲みやすさには負ける。薬剤としてはAMPCを用いたほうが子供たちのためだと思うのだが、与える親からしてみれば、美味しくて飲ませやすい薬を処方してくれる医者のほうが、良い医者に映るかもしれないと、憂鬱である。

 

クラバモックスという製剤があって、これはAMPCとクラブラン酸(CVA:βラクタマーゼ阻害薬)の合剤なんだけど、味はまあ悪くはないし、なんといっても濃度が高く、内服量がそれほど多くならない。

この薬剤は、βラクタマーゼ(ペニシリン系などの薬剤を分解してしまう)を産生するような細菌に対抗するために、βラクタマーゼの働きを抑える薬剤(=クラブラン酸)を合わせてあるものである。

なのだが、実は、日本で、気道感染症に限れば、βラクタマーゼを産生する菌は少ないのだ。βラクタマーゼ産生菌がそこそこいるアメリカと、事情が違うのだ。

せっかく一緒にしていただいたCVAであるが、こと気道感染症に用いる限り、「日本では」あまり意味が無いのである。

意味が無いばかりか、CVAのせいで吸湿性が増えてしまい、分包化された状態で販売されているので、体重に合わせた処方量にしにくい、というかできない。それにCVAのせいで腸内細菌にも結構効いてしまうので、AMPC単剤に比べて下痢が多くなる。

ぜんぶ、現在の日本ではあまり意味のないCVAのせいで。

だから、よい薬だと思っていても、クラバモックスを初手から使うことはない。まずAMPCを用いる。そしてAMPC製剤を処方する度に、「ちゃんと内服してくれるか」「ここの医者が処方する薬は飲みにくい、とか言われないか」「飲みにくいだけならまだしも、効きにくいとか思われると嫌だなあ」とか、いろいろ考えてしまうのである。

 

輸入して販売してるのだから、クラブラン酸なして日本向けに作ってくれ、とはいえないのだけど、AMPC単独の製剤を販売してくれたらどれほど良いだろうとおもう。

そんな製剤があれば、いまのセフェム使いすぎの風潮(しかもそれは、薬の効果範囲が広いという理由だけでなく、味や飲みやすさという二次的な理由からも来ているのだ)を脱却できる、ひとつのきっかけとなるのだが。