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小児科医療 & 趣味はコンピュータいじりです

文献:えっ?未熟児の酸素飽和度目標値は高いほうが良い??

Oxygen Saturation and Outcomes in Preterm Infants.

N Engl J Med. 2013 May 5. [Epub ahead of print]

PMID:23642047

 

在胎28週以下の児において、酸素飽和度(SpO2)の目標は85-89%と91-95%のどちらが望ましいのか。

2448名を対象とした、3カ国共同のRCT。(BOOST II)

結論としては、目標が低いグループは死亡率が高く、目標人数に達する前にトライアルは終了となった。

 

コメント、の前に感想:

提示された未熟児の死亡率が日本より随分高い。

一般に目標は低く設定するので、低いほうが死亡率が高かったよといわれると「えっ」となるのだが、読んでみると、新生児医療のレベルに結構な差があって、この結果をそのまま日本に当てはめる事はできないと思う。

日本の医療レベルなら死亡率をもっと下げられると思われるので、同じトライアルを日本で行うと、結論が異なる可能性がある。

一方、後述するようにブラインド化への執念は凄まじい。酸素飽和度測定の機器自体に手を加えている。ここまでアグレッシブなトライアルは日本では難しいと思われた。

 

 

コメント:

 

未熟児への酸素投与は、十分与えればよい、というものではない。

まだ結論は出ていないが、酸素の毒性は未熟な肺にダメージを与えるのではないか、という議論もあるし、このグループの以前のトライアル(BOOST I)では、目標SpO2が高いと、以後の酸素依存性が高くなるというデータを出している。

加えて、高濃度酸素への曝露が未熟児網膜症(ROP)を増やす、ということは確立しつつある。

また、中枢神経系に十分な酸素を供給すること自体も重要である。

 

酸素投与の必要性については複雑な問題であり、一般に、この領域では、酸素を十分に与えることが「よいか、わるいか」という二元論にはならず、あっちには良いけどこっちには悪い、という、トレードオフの関係となる。

 

それらをひっくるめて「2歳時点での無病生存率」がこのトライアルの主要評価項目になる予定であった。

これはこれで大雑把だな、と思うのだが、このトライアルはそこまで行き着く前に、死亡率に有意差が出て終了となってしまったのであった。

 

 

上述したが、SpO2目標値を高く/低く設定するために、彼らはなみなみならぬ努力をされている。真の数値を確認したうえで酸素投与量を設定していては、医療スタッフにおいてブラインドにならないからである。

器械に細工をして、SpO2が85-95%の間では、実際より3%低く/高く表示されるように工夫をしている。そして、それ以上/以下の数値となったら、真の数値になだらかに近づくようにアルゴリズムが設計されていた。

表示されているSpO2が90%であるとしたら、それは87%かもしれないし、93%かもしれない、ということである。

 

これでもって、医療スタッフは「真のSpO2値」を知ることなく酸素投与量を調整することになるのであるが、

(・・・患者家族によく同意が得られたものだと思う。)

まあ、高い目標が良いのか、低い目標が良いのかがわかっていないから、このような研究をするわけで、真の値を知らないことに大きな問題があるわけでもない、言えたのかもしれないが・・・日本では無理だろう。

 

さて、これでトライアルが始まるわけであるが、3カ国で1200人あまりが登録された時点で、上記のアルゴリズムに問題があることが判明する。

この器械が示す値として、87-90%の頻度が低く、特に「低い目標設定」バージョンでは、無理やりSpO2値を高く表示するためか、器械が示す値の頻度グラフに2つの山ができてしまっていた。

イギリスの参加者が気づいたとのことだが、なかなかするどい。

 

この結果、アルゴリズムの修正が行われ、頻度グラフはなめらかなものとなった。

が、この修正以前に得られたデータは、信用の置けないものとなってしまった。

 

この調査は2006年からイギリス、オーストラリア、ニュージーランドで開始されていたが、このアルゴリズム修正が行われたのは2008年から2009年にかけてである。

そして、ニュージーランドでは、予定調査人数にすでに達していたので、修正は行われずに調査終了となった。

 

 

最終的な結果であるが、修正前のデータでは、病院退院までの死亡率に有意差は認めておらず、低目標(n=629):高目標(n=630)でRR 0.90(0.80-1.15)であった。

ところが、修正後のデータでは、低目標(23.1% n=592):高目標(15.9% n=590)でRR 1.45(1.15-1.84)と、低目標では死亡率が5割増となってしまい、この時点でトライアルが終了となった。

 

ちなみに、他のエンドポイントとして、修正前後の症例をまとめたデータを示すと、

・未熟児網膜症(ROP) RR 0.79(0.63-1.00) 低目標群が少ない傾向(P=0.045)

・壊死性腸炎(NEC)  RR 1.31(1.02-1.68) 低目標群で多い傾向(P=0.04)

・動脈管開存(PDA)  RR 1.05(0.97-1.15) 有意差なし!!

・気管支肺異形成(BPD)RR 0.99(0.85-1.16) 有意差なし

・脳室内出血(IVH)  RR 1.12(0.89-1.41) 有意差なし

・36週時点酸素依存性  RR 0.90(0.81-0.99) 低目標群が少ない傾向(P=0.03)

となっている(修正後のデータだけを見ても、上記と大きくは変わらない)。

 

ROP、NECには有意ではないが傾向が見て取れたと。BPDに酸素はあまり関係が無さそうか。個人的にはPDAに有意差なしは面白いと思った。

 

 

 

ニュージーランドの関係者おつかれ、というのが正直な第一の感想ではある。

 

個人的な結論としては、高目標群(良い方)の死亡率が15.9%ということで、ちょっと日本とは比較にならんなということしか言えない。

逆に言えば、日本流の管理で、もっと死亡率を抑えられれば、死亡率では有意差が出ない可能性がある。そうすると、死亡率云々にとらわれず、ROPとNECと(PDAもBPDもだが)を天秤にかけて酸素投与量の判断をすることになるわけだが、それは普段日本のNICUで当たり前のように行われていることなのであった。